クチトンネル半日ツアー(2011年8月)


サイゴンに着いたらここに行きたかった。
10年前にも行ったけど、またまた行ってしまった。

超簡単な概要

ベトナム戦争時代、南ベトナム解放民族戦線(NLF)とアメリカ・南ベトナム政府軍が戦った激戦地である。カンボジア国境に近いところに位置し、カンボジアやラオスを迂回するルートで北ベトナムから物資などが送られていたため重要なエリアであった。

トンネル自体は第一次インドシナ戦争のころに掘り始められたが、最終的には全長200kmにも及ぶ地下トンネルとなりアメリカ・南ベトナム軍を苦しめた。

ツアー概要

デタム通りやファングーラオ通りに軒を連ねる旅行会社の中からMekong Adventureという旅行会社を選んだ。バスで行ってバスで帰る6ドルツアーに参加。

ピックアップは朝の8:15にデタム通りにある旅行会社の前。寝坊したので旅行会社の前でパンとコーヒーをゲットしてミニバスに乗り込んだ。

ミスタービン

ガイドさんがとてもすばらしい人だった。アメリカ人とベトナム人のハーフでサイゴン生まれのサイゴン育ち。ベトナム戦争時代は米軍の一員としてクチトンネル近くで前線に立ち、ベトコンと戦った。

どちらの側に立っても祖国・同胞と戦うという複雑な立場だったと言う。また、テト攻勢では婚約者が亡くなってしまうなど本当につらい経験をしている。博物館、ロンリープラネット、映画、小説などが語るベトナム戦争がそれぞれ「一方的」であると言い、複数の視点からバランスを取りながら、そして実体験をまじえてガイドをしてくれた。

こちらは入り口。入場料は60,000ドンだった気がする。

まずは映像を見て基礎知識を付ける。この映像はかなりのプロパガンダ。映像の後にミスタービンが模型や地図を使って詳しい説明をしてくれる。

クチトンネルはうっそうとした森の中にある。

とつぜん、枯れ葉をよけるとそこにトンネルの入り口が登場。

こうやって入る(これは大きな欧米人)。

でるのも大変。25キロの装備を背負ったアメリカ兵は、荷物を置いていかなければ中には入れない。

俺も入ってきた。奥にはトンネルが続いてた。

もともとは動物を狩るために使っていたトラップをしかけ、南ベトナム・アメリカ兵を捕らえた、

こちらがミスタービン。

トンネルには等間隔で通気口が作られた。ここから空気を取り込んでいた。

敵軍の車両を破壊・強奪した後はタイヤからサンダルを作る。夜間に奇襲をかけるときはこれを通常通り履いていって、奇襲からトンネルに帰るときはこのサンダルを後ろ前にして戻る。つまり、行きの足跡と帰りの足跡が同じ方向を向くことになり、追跡しづらくなる。

こちらはツアーの最後のアトラクション(?)トンネル体験。

高さは1メートル、幅は80センチ。これでも観光用、西洋人向けに大きくしたものらしい。

トンネルの中はせまい。日本人はまだいいが、西洋人は大変そう。戦争後半になると、アメリカ軍はフィリピン人やメキシコ人をこのトンネルに入らせて戦わせたらしい。

感想

ベトナム戦争は一言では語れない。善と悪の対決でもないし、1者と1者が戦っただけではなく、ベトミン、NLF(通称ベトコン)、サイゴン政府、アメリカ、過去にはフランス、そして隣にはカンボジアとラオス、北には中国とソ連がいてそれぞれの事情がある。植民地主義・帝国主義に対するベトナムの自主独立。共産主義に対する資本主義。さらには宗教対立までもある。ベトナムでの戦争を単に東西冷戦の代理戦争とするにはあまりにも短絡的すぎるし、横暴な大国を共産主義の小国が追い返したのだ!というのもベトナムのプロパガンダにやられているという印象。

サイゴン陥落後も南ベトナムの人が順婦満帆だったわけではなく、ベトナムによるカンボジア侵攻と中越戦争のせいもあり国力は安定しなかった。

ここも博物館も、戦争中にベトコンが何をしたのか、戦後の社会はどうだったのかについての説明が常に欠けているという印象を持った。ミスタービン曰く、テト攻勢の時にベトコンは女と子どもを最前線に立たせてトンネルから出てサイゴンに攻めてきたのだそうだ。南ベトナム軍はそんな攻撃を仕掛けられて簡単に発砲することは出来なかったという。その結果がアメリカ大使館の占拠であった。戦時中にアメリカの取った行動はたしかに非人道的でひどかったが、はたしてベトコンはどうだったのだろうかという疑問が常に残る。

ミスタービンは戦争終結後に共産主義「教育」を受けるために5年も「キャンプ」に入れられたらしい。それでもまだ資本主義的な方向性の方がよいと思っているように俺は感じた。一方で、ベトナム戦争に中国とソ連の直接的な介入を拒んだホー・チ・ミンに対しては、「第三次世界大戦を避けた人」と言って尊敬の念を表していた。

ミスタービンは今年で61歳。来年には退職すると言っていた。

りょう の紹介

東京都品川区で生まれ育つ。サービス業、ホステスクラブ、海外ボランティア駐在員、レストランバー、コンピュータ会社などを経て独立開業。2011年から休業し、夫婦で1年ちょっとの世界一周へ。現在は帰国してイクメン父上に勤しむ。好きな食べ物はナス。言語や歴史に興味あり。コンプレックスは字が汚いこと。好きな言葉は「とりあえずビール」でポッドキャストでは世界のビールを飲み歩く「Beer the World(ビーアー・ザ・ワールド)」を担当。
カテゴリー: サイゴン, ベトナム タグ: , , , , , パーマリンク

クチトンネル半日ツアー(2011年8月) への3件のフィードバック

  1. くまさんケーキ のコメント:

    ベトナム戦争は私の記憶の中にあります。
    テレビ番組では、ベトナム人がアメリカを許す、それで平和が来ると。
    妻や子供達を虐殺された戦争の記憶が、まだまだ強く残ってるはずなのに、そこまで寛大になれるのだろうか。
    中東では、聖書の時代から憎しみあってるところもあるような、人間なのに。
    小さな地球の生き物の中の人間。早く世界中を平和にしなくては。

    • りょう のコメント:

      おはようございます。

      10年前も今回も、ベトナム人が表立ってアメリカに対する嫌悪感を表している場面に出くわしたことはありません。そして、アメリカ人の旅行者もたくさん来ています。前回来たときは、ベトナム人数人に「アメリカについてどう思うか」と聞いたことがありますが、戦争を理由に嫌いだと答えた人はいませんでした。

      逆に、フランス人やアメリカ人はどういう気持ちでベトナムを旅しているのかも気になりましたが、なんだか聞くのも憚られる気がして聞いたことはありません。戦争についての博物館ではアメリカの戦争犯罪をかなり一方的につるし上げて(実際にひどいことをしていますが)いて、バランスの欠けた展示ではあるものの西洋人(おそらくアメリカ人含む)は皆ショッキングな様子で展示物を見て回っていました。

      そういえば、「The Girl in the Picture」で有名なKim Phucさんが出ていたドキュメンタリー風のテレビを見たことがあります。南ベトナム軍のナパーム弾から裸のまま逃げ惑う少女の写真で有名な人です。彼女も相手を許すことで平和になると言っていましたね。北ベトナムの人、激戦地の人、南ベトナムの人、海外に住むベトナム人、いろんな視点や立場があって複雑ですが。。。許しって大切ですね。

  2. Lella のコメント:

    Do you want to get 10000 of free targeted traffic daily from article directories or search engine (google,yahoo bing)? You can easily do that by using our tool at http://articlemarketingrobots.org/. You can try it for free (5 days) and see the result yourself

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

WP-SpamFree by Pole Position Marketing