キューバ4日目(ハーシー列車で行こう)


3日いたハバナも一時お別れ。今日はハバナ近郊のプラヤス・デル・エステというビーチを訪れることにする。

プラヤス・デル・エステに行くには

1) ツーリストタクシーに乗る(ロンプラによると20CUC前後)
2) カピトリオ・ナシオナル近くの通りから出ている400番ローカルバスに乗る(1人民ペソ)
3) ハーシー列車に乗る (電車自体は0.8CUC、ほかにもいろいろかかる)

カピトリオ・ナシオナル

このあたりが現実的な路線ではないかと思う。
一番「楽」で一番「高い」のはツーリストタクシー。
一番「安く」て一番「人にもまれる」のは400番バス
一番「面倒」で別に安くもないのがハーシー列車だ。

その昔、ペンシルバニアに拠点を置くアメリカの企業ハーシーが、有名なハーシーズチョコレートに使う砂糖を生産するためキューバで大規模なプランテーションを始めた。商品を首都のハバナまで運ぶため、ハーシー社はわざわざ鉄道までひいたのだ。莫大な利益を生む砂糖を運ぶために作ったハーシー鉄道だが、革命後にキューバ政府によって強制的に国営化されてしまう。簡単に言うと潰されてしまったのだ。今では列車だけが毎日3便だけ運行している。

計画

せっかくなので、キューバ唯一の「電」車であるハーシー列車でプラヤス・デル・エステに行くことにした。綿密なプランニングの結果、次のような旅程を組んだ。まず朝の7時に宿を出て、シクロで船着き場へ。ハバナ・ビヘホの船着き場から渡し船で対岸へ。対岸の船着き場を出てすぐ左にあるCasa Blanca(カーサ・ブランカ)駅から8:35発、Matanzas(マタンサス)行きへ乗ってGuanabo(グアナボ)駅で降りてから2〜3kmほど歩いて海岸に行くことにした。

渡し船

宿を出てすぐにシクロを発見。言い値の1CUCで2人プラス荷物で船着き場へ向かう。船着き場に入るとまずは荷物検査。昔、この渡し船がハイジャックされてマイアミまで連れて行かれたそうだ。もちろん亡命目的で。

 

荷物チェックは形式的で、陽気なキューバ人がバックパックを開けて中をのぞいたふりをする、といった感じだ。荷物チェックの時に「クチージョ(刃物)はないか?」と聞かれて、「ないない、爪切りしか無いさ」と笑いながら答えたら、とたんに係員の顔が険しくなった。「それはダメだ、ただ今回だけは見逃してやる。おまえだけだぞ」と言って通してくれた。いらんことを言ってしまったと反省。

料金は1人1CUC(帰りは2CUCのようだ)で、乗車時に払う。渡し船はすいていたので中を自由に歩き回れた。船の上から見るハバナ・ビエホはまた格別だ。10分強で対岸に着いた。到着時刻は8:15ほど。十分間に合う。

 

カーサブランカ駅

外に出てすぐ左に「Casa Blanca」の看板がある。興奮のあまり看板と一緒に写真を撮った。プラットホームらしき高台に上ると、中から駅員さんが出てきてこう言った。

 

「Ya no hay(もうない)」

ロンプラによると、キューバでは列車の80%は遅れて、残りの20%はキャンセルになるという話だが、まさか予定時刻よりも早く出たなんてことはないだろうか。詳しく事情を聞くと、以前までは8:35発の便があったそうだが、今はなくなったのだとか。そんなハバナ!

(数日後、ようやくハーシー列車に乗ることができた。その時の記録は、「キューバ6日目(ハーシー列車で帰ろう・リベンジ篇)」を参照されたい。)

しかし焦るのは未だ早い。綿密なプラニングによって、400番バスがプラヤス・デル・エステに行くことは突き止めてあるのだ。400番バス乗り場を教えてもらうと、道をまっすぐ行って2つ目の分かれ道で左に行けとのこと。指令に従ってそこまで上がるとようやくバス停らしきものが!近くにいたおじさんに、「グアナボ行き400番バスはここですか?」と聞くと、「違う違う、今はもう少し先のバス停に変わったんだ」と言われる。キューバはなかなか手強い国だ。途中で腹ごしらえをしてトイレを借りるなどしてようやく次のバス停に到着した。

 

そこでも座っていたおじさんに聞くと、ここから間違いなく400番バスに乗れるとのこと。ロンプラによれば1時間に1本程度なので、おじさんと世間話をしながらしばらく待つことにした。おじさんはカマグエイの出身で、すぐ近くに住んでいる弟を訪ねるためにバスを待っているのだとか。グアテマラに2か月いたことを話すと、「ペリグロッソ!(あぶない!)」と言っていた。キューバ人にもグアテマラが危ないという噂が届いているようだ。危ないのは首都だけだと説明して誤解を解いておいた。まぁ、キューバの治安と比べれば大概の国が危ないわけだが。この優しく穏やかなおじさんに影響されて、後にカマグエイを訪れることになる。

 

結構待ってようやく400番バスが登場、したと思ったらすし詰め状態である。「もう無理!」ってくらい人が乗っているバスに、さらに人々が詰めかけて乗り込もうとしている。一瞬ひるんだが、俺は東京生まれの東京育ち。満員電車で鍛えたハポネスの力を今こそ見せる時だと心を決めて、入り口の手すりに手を掛けようとしたとき、「ボロロロロロロロロ・・・」と真っ黒な排気ガスをはき出してバスは走り去ってしまった。乗客が乗り込もうとしている最中なのに、だ。

こうなればヤケだ。次の400番バスが1時間後だろうが待ってやろう、そう考えて待つこと10分ほど、おやおや?また400番バスが来るじゃないか。キューバもやれば出来る子。さっそく乗り込むが相変わらずのすし詰め状態。バックパックが大きくて苦戦していると、先頭に座っていた若い二人組がバックパックを膝に乗せてくれるという。少し躊躇したがここはキューバ、まずは信用してみようと思って預けたのだが・・・逆側に座っていた女性がしきりに「顔で」話しかけてくる。どうやらバックパックをちゃんと見張ってなさいというジェスチャーのようだが、「何?」と聞き返すとそっぽを向いてしまう。この女性もあからさまに「バックパックが盗まれないように見ておきなさい」とバスの中で言うわけにも行かないのだろう。ちゃんと注意して見続けていても、やたらとジェスチャーを続けるので、「分からなくなったら降りる」の原則に従って途中でバスを降りてしまった(笑)。

もうヤケもヤケもヤケクソである。だだっぴろい道の途中、誰もいないバス停で400番バスを待つことにした。どうにでもなるだろう。なぜならここはキューバだからだ。が、10分もしないうちにバスが来るではないか!400番バスはそんな頻繁に走っているのだろうか?今回はバックパックを人に預けずに床に置いたままにした。プラヤス・デル・エステに行きたいことを近くの人に伝えておいたので、到着時に周囲の人たち数人が話しかけてきた。「ここだここだ。降りろ降りろ」と。

ハーシー列車には乗れなかったが、とりあえずプラヤス・デル・エステに着くことができた。途中でいろんなキューバ人と話もできた。いまから宿探しに出かけよう。

(数日後、ようやくハーシー列車に乗ることができた。その時の記録は、「キューバ6日目(ハーシー列車で帰ろう・リベンジ篇)」を参照されたい。)

>>キューバ4日目(プラヤ・デル・エステのカーサ)
>>キューバ5日目(不安なピザ屋)
>>キューバ5日目(老人と椅子)

りょう の紹介

東京都品川区で生まれ育つ。サービス業、ホステスクラブ、海外ボランティア駐在員、レストランバー、コンピュータ会社などを経て独立開業。2011年から休業し、夫婦で1年ちょっとの世界一周へ。現在は帰国してイクメン父上に勤しむ。好きな食べ物はナス。言語や歴史に興味あり。コンプレックスは字が汚いこと。好きな言葉は「とりあえずビール」でポッドキャストでは世界のビールを飲み歩く「Beer the World(ビーアー・ザ・ワールド)」を担当。
カテゴリー: キューバ, プラヤス・デル・エステ タグ: , パーマリンク

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