キューバ18日目(葉巻とゲバラ)


今日は、昨日の夜に夕飯を一緒に食べたイタリア人&イギリス人のカップルとがっつり観光に行くことにした。

葉巻工場

工場の入り口

キューバに来てもうすぐ20日、これまで一度も「工場見学」ができないでいた。理由は年末年始、バカシオネスである。ハバナの葉巻工場、サンティアゴの葉巻工場、ラム工場、バラコアのチョコレート工場、すべて全滅だったがついについに工場見学できる機会に恵まれた。

9:30の時点ではもう葉巻工場の入り口に観光客がわらわらと集まっていた。見学料は1人4CUC、入り口で支払い鞄は置いていく(札とかはない)。そこにガイドが現れて全員をまとめて葉巻工場へと連れて行ってくれた。ガイドは英語とスペイン語で説明してくれる。工場内に入ったときに頭に浮かんだ言葉は「工場制手工業」という奴だった。

葉巻の作り方

1階のフロアにはずずっと並んだ机でたくさんの人が作業をしている。この日はこのワンフロアで合計100人ほどが働いているという。柄のない小型のナイフのようなもので大きな葉っぱに曲線の切れ目を入れて外側を作る。そして数枚の葉を束ね、はみ出た部分をちぎり、外側になる葉に乗せる。そこからがかっこいい、手際よくくるくるっと葉を丸めて葉巻らしい形に一気にしてしまう。

できあがった葉巻の原型を、例の奇妙な形のナイフで先端を整える。この後は特製の型に入れる。型は重いのか軽いのか分からないが、ブロック塀に使うブロックのような大きさと色で、縦方向に2分割できる仕様だ。ブロック塀と違うのは穴の部分がやけに小さく葉巻サイズになっていること。この葉巻サイズの穴に先ほど作った葉巻をすっぽりと入れて、型を水平方向(穴と葉巻が横に向く方向)に重ねて、万力みたいな機械で上から重さをかける、というもの。

しばらく型に入れて押したものを取り出し、今度は吸い口の部分を作る。クッキーなどをつくるときに星形の型があるが、あれににた感じの(ただし形は○)道具で葉から円形を切り出し、吸い口の所に器用に当てる。そこに自然素材のノリを使って接着していく。

どのくらい型に入れておくのか知らないが、完成した葉巻はさらに別の機械に入れて内部の空気量をチェックする。ぱっと見は簡易的なミシンのような機械で、足のペダルを踏むと、台の上の管に空気が通るようになっている。この管の中に葉巻を入れた状態で空気を通すと、管の前にあるメーターがぶるぶるっと振れる。この振れ幅で空気の通過量がわかるらしい。

給料や待遇

従業員の給料は1か月20〜25CUCだと言う。なんとそれぞれにノルマがあり、部長席的なポジションに座っている人が常に各自の進捗を(手書きで!)管理していた。従業員の手つきを見る限り、かなりの熟練を必要とする作業に見えた。事実、入社してから9か月も研修期間があるそうだ。労働時間は1日8時間。休憩は1時間。各週で5日労働と6日労働を繰り返す。作業場にはラテンな音楽が流れていて、過酷な印象ではない。

工場見学中、ガイドの目を盗んで1人の従業員が葉巻を1本1CUCで売ってきた。なるほど給料以外にこうやって収入を得るのだろう。したたかだ。

葉巻の原料

現在、キューバの西部ビニャーレスあたりがタバコの葉の産地となっているらしい。ここで取れた葉を自然状態で1年から5年乾燥させたものが原料になるとのこと。葉の産地や乾燥年数によってブランドが決まる。5年ものは最高級ブランドのコヒーバ(コイーバ)になるとか。葉巻の外側を包んでいる葉は伸縮性のある別の植物を使っている。

出口の向かいに併設のショップがあり、できあがった葉巻を買うことができる。葉巻はキューバの物価に対しては安くない。とくにブランドタグの付いたものはそれなりの値段がするが、試してみる価値はある。

エル・チェという男

ここサンタ・クラーラはかの有名な革命家エルネスト・チェ・ゲバラの墓があることでたいそう有名だ。サンタ・クラーラはキューバ革命で最初に解放された町とのこと。いくつかの銅像やモニュメント、ゲバラについての博物館があった。

まずはBoxcar Museumというところへ行った。これは、当時の政府軍の兵士を乗せた列車をゲバラが襲撃した跡地として後悔されている。当時の列車の箱内部を改造して展示物を置いてある。入場料は1CUC、カメラは別途料金が掛かるようなことが書いてあったが別段請求されなかった(カメラを隠していたわけではない)。襲撃時に使われていた品々、火炎瓶、写真、ブルドーザーなどもある。

当時の車両が使われている

火炎瓶に使われたボトル

当時の線路

銃弾の跡が残る

ブルドーザー

次に見たのは「ゲバラとエル・ニーニョ」という像。なんてことはない、ただの銅像だ。が、いちいち細かいところまで細工されていて楽しい。

さらにメインイベントであるモニュメントと博物館へ向かった。向かう途中、アメリカに対する痛烈な風刺画が書かれた壁がある。一見の価値あり。

広場の前に、ゲバラは立っていた。キューバの青い空の下、凛々しく立っていた。碑文には、おそらくゲバラがカストロと別れるときに書いた別れの手紙らしき文面があった。

まず荷物を預ける。カメラの持ち込みは禁止だ。ボリビアのゲリラ戦で戦死した兵士たちの墓に行く。墓は室内にあり、冷房が効いている。ゲバラの墓は中央あたりに置いてある。続いて、ゲバラの博物館へと向かう。ゲバラの生い立ちから死までを遺品とともに解説している。キャプションには英語も多かった。

予備知識ほとんどなしで来たので、わかったような分からないような気がした。イタリア人の彼曰く、モーターサイクル・ダイアリーズを読んだ方が博物館へ行くよりもわかるぞ、とのことだった。是非読むことにしようと決めた。

あちこち歩いてくたくたになったので、昨夜と同じペソレストランに行って夕食を撮る。ひさびさにがっつり観光した一日だった。あしたはトリニダーにでも向かおう。

りょう の紹介

東京都品川区で生まれ育つ。サービス業、ホステスクラブ、海外ボランティア駐在員、レストランバー、コンピュータ会社などを経て独立開業。2011年から休業し、夫婦で1年ちょっとの世界一周へ。現在は帰国してイクメン父上に勤しむ。好きな食べ物はナス。言語や歴史に興味あり。コンプレックスは字が汚いこと。好きな言葉は「とりあえずビール」でポッドキャストでは世界のビールを飲み歩く「Beer the World(ビーアー・ザ・ワールド)」を担当。

カテゴリー: キューバ, サンタ・クラーラ タグ: , , , , パーマリンク

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