フエのプチ市場を散歩


ハライタの療養をかねていることもあり、フエの滞在はなんとなくでもう5日目になった。

まだ王宮跡とパゴダ1つを見ただけで、いわゆるローカルなところを全然見ていなかったなとふと思い、今日は近所のプチ市場へ一人で行くことにした。

目的は4つほどあった。まずは眼鏡ケースを2つ手に入れること。日本から持ってきた眼鏡ケースはどういうわけかやたら重たい。これをシンプルで軽いケースに買えようというのが第一の目的。次はメモ帳を手に入れること。中国では筆談が多すぎてメモ帳を使い切ってしまった。深センの病院に行ったときにもらった手帳は外側がごつすぎて持ち運ぶときにイライラする。安くて軽いメモ帳がどうしても欲しかった。それからBIERE LARUEというビールを買うこと。最後に、一部壊れてしまった靴を直すことだ。

宿を出て観光客が集うエリアとは反対方向に足を進める。今いるMimosaという宿は観光客が集うエリアにあるが、いくぶん端の方に有り、少し歩くだけで観光客のいない道に出ることができる。

観光客が多い派手やかなエリアを歩いていると、バイクタクシー、シクロ、物売り、店の従業員が必ず声をかけてくる。勤勉なベトナム人は旅行者を目にすると声をかけずにはいられないのだろう。彼らの視点から見れば俺はお客さん、あるいはカモといった方がいいかもしれない。ところが、ツーリストエリアから少し外れただけで、そうした視線は全く感じなくなる。目立たない地味な格好で路地に入り込んでいると、地元の人の中に溶け込んだような感覚を覚え、さながら透明人間にでもなったかのような気分になる。だれも声をかけてこない。地元の人はそれぞれに、自分の仕事をし、目的を持って歩き、または目的もなくたむろしている。

そんな地元っぽい市場を歩くのが好きだ。

最初の角で眼鏡屋を発見する。しかも眼鏡ケースがあるではないか。外のガラスケースの中をじろじろ見ていても、店の女性は新聞を読んだまま声をかけてこない。店の敷地に足を踏み入れたところでやっと重い腰を上げてくれた。ベトナム語で何かいいながら、サングラスのあたりを見せてくれたが、俺は何も言わずに眼鏡ケースを指さした。女性は眼鏡ケースを取り出しては、包装のビニールを破って開けて見せてくれる。透明のプラスチックで軽い。そこまで丈夫ではなさそうだが、壊れたらまた買えばいいだけだ。いくらかとベトナム語で聞くと、すこしまごつきながら指を2本立てた。外国人がベトナム語を話すとは思っていなかったのか、それともいくらで売ろうか考えていなかったのか、英語で何というか分からなかったのか。その指を見て、「2万ドンだね」とベトナム語で返すと嬉しそうな顔をしてうなずいた。

しかし一度は割引を求めないとなんだか買い物ができないような、わけのわからない癖がついてしまい、値段を下げられないかと聞くがすぐに断られる。ベトナム語で下げられない理由をいろいろと言われるが意味は分からない。一応、顔だけは「なるほどそういう理由なのね」という雰囲気を出して聞く。「2つ買うから3万ドンはだめか」「ダメダメ」「2つで3万5千ドンは?」「ダメダメ」と笑われる。ほかの店を試すほどの金額ではないと思い、2つで4万ドンを支払う。これで荷物が軽く出来るとほくそ笑んだ。

道ではフルーツを並べて売る女性、米を原料としているとおぼしき麺類の屋台、炭火の上に網をのせ、肉を焼いてその香ばしい匂いを周囲に振りまいている食堂もある。あんなやり方で客を寄せるなんて反則に近い。よほど食べに入ろうかと思ったが買い物を済ませてからにしようと思って諦める。気になったのは、黄色い菊のような花を売っていることだ。仏花なのだろうか、フルーツと一緒に売っているところを見ると食用なのだろうか。意外に売れていて不思議だ。掘っ立て小屋のような所で床屋をやっている親父もいた。いくらなのかと聞こうか迷ったが、髪を切るつもりもないのに値段を聞いて思わせぶりな態度をするのは良くないと思いやめた。

商店ではかいがいしく働く女性の姿を多く見かける。一方、ぐうたらしている男や昼間からビールやお茶を飲んでいる男たちも少なくない。いやいや、俺の知らないところで働いているんだろう。

市場通りの最後の方まで着いてしまい、先には店がぽつぽつとしかない。来た道を戻ろうと思って振り返ると、そこに何かの食事を提供している店があった。テーブルは高さ40センチくらい、椅子はもっと低くて30センチもないくらいの高さですべてプラスチックの簡素なもの。中になべが3つほど並んでいて、どんぶりが摘まれている。まずいものが出るはずはないと思い、中へ入ろうかとすると、おばちゃんが「ジャオジャオ」声をかけてきた。これはよかった。おかゆ屋さんだ。数少ないベトナム語の語彙の中でもおかゆを意味する「ジャオ」は知っていた。値段を聞くと2万ドン。席について1杯たのむ。出てきたおかゆはまだ米の形がしっかりしている感じで、上に大きな鶏肉がたっぷり乗って、血の塊(なにがしかの動物の血をゼリー状に固めたものでアジア料理によくある)が乗っている。テーブルの上のかぼす風の何かをしぼっておいしくいただいた。

食べていると、隣の商店から大声で話す女性の声が聞こえてきた。最初はただ話しているだけかと思ったが、だんだん語気が強くなっていく。どうやらけんかをしているらしい。おかゆ屋のほかの客も最初は笑ってみていたが、口げんかはどんどんヒートアップ。しばらく見ていた俺もばつが悪くなっておかゆに目を落とす。周囲を見ると、ほかの客もけんかに関わらないようにしながら小声で何か話している。おそらくケンカの内容について外野の意見を述べているのだろうか。

お金を払って元来た道を戻る。宿を出てからそれなりに時間がたつのにまだ眼鏡ケースしか買っていないことに気がついて一人でにやにやしていると、雑貨屋のような店が目に入った。中に入ると洗剤、飲み物、お菓子、ペンも売っていた。店の奥にいた若い女性とその母は最初は俺のことを気にも留めない様子だった。ひやかしの外人を相手にしたくないのか、言葉の問題があって出てこないのかわからないが、俺の方から声をかけた。「〜はありますか?」に相当するベトナム語の後に、ジェスチャーでメモ帳を表してみた。すると若い女性はわかったわかったというようにして、奥からノートを持ってきてくれた。しかしそれは、小学生が勉強に使いそうなマス目のついた大きいノートだった。持ち歩きに便利なメモ帳が欲しかった俺は、もう少し小さいのはないかと聞くとぶっきらぼうに「ノー!」と言われてしまった。別のお店でスムーズに聞くためノートを指さしながら「これは何という名前ですか」とベトナム語で聞いた。彼女が発した音を聞いて、もう一度言ってくれというジェスチャーをすると今度はゆっくりと教えてくれる。その発音を2、3回リピートして合格の合図が出た。礼を言って出ると2人が手を振ってくれた。

その後、ノートを意味するベトナム語を口の中で繰り返しながらプチ市場を歩いたが、ノートを売ってそうな場所は見つからなかった。飲み物を買って宿に戻った。あの市場なら毎日通っても楽しいかもしれない。

りょう の紹介

東京都品川区で生まれ育つ。サービス業、ホステスクラブ、海外ボランティア駐在員、レストランバー、コンピュータ会社などを経て独立開業。2011年から休業し、夫婦で1年ちょっとの世界一周へ。現在は帰国してイクメン父上に勤しむ。好きな食べ物はナス。言語や歴史に興味あり。コンプレックスは字が汚いこと。好きな言葉は「とりあえずビール」でポッドキャストでは世界のビールを飲み歩く「Beer the World(ビーアー・ザ・ワールド)」を担当。
カテゴリー: フエ, ベトナム タグ: パーマリンク

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