ベトナムフエでノービザ期限2週間を更新する方法(2011年8月)


概要

日本人の場合、ベトナムにはノービザで15日まで滞在できる。厳密には飛行機では行って飛行機で出る場合に限られるらしいが、実際は陸路では行って帰りの航空券がなくても普通にスタンプを押してくれて15日滞在可能(陸路ノービザ入国で文句を付けられたりしても言い分的には相手が正しいことになるので注意)。

今回はベトナム中部のフエからラオスとの国境「ラオバオ」へ行って一時的にラオスへ入国、すぐにベトナム側に再入国することでノービザ期間である2週間を新たに取得しようというもの。

ルート

  1. フエ市内から城郭北西側のバスステーション「アンホア(An Hoa)バスステーション」へ
  2. アンホアバスステーションからローカルバスで「ドンハ(Dong Ha)バスステーション」へ
  3. ドンハのバスステーションからローカルバスで「ラオバオ(Lao Bao)バスステーション」へ
  4. ラオバオのバスステーションからボーダーまで徒歩またはバイタクで
  5. ラオバオの国境を越えてベトナム側に再入国
  6. ラオバオ→ドンハ→フエへと来た道をローカルバスで戻る

結論

1日で往復は問題なくできる。料金は紙に書いて確認すること。荷物は宿に置いていけば楽。

フエ市内からバス停までバイタク約4万ドン
バスが1回約5万ドン×4回の乗車=20万ドン
きちんと交渉して確認すれば、ざっと11〜14ドルあれば往復できるだろう。

1. フエ市内から城郭北西側のバスステーション「アンホア(An Hoa)バスステーション」へ

新市街の安宿エリアから城郭の入り口までは20,000ドン(1ドル)あれば十分すぎるだろうという算段は付いていた。この日より前に町を歩きながら、バイクタクシー(バイタク)とほかの観光客とのやり取りを耳にしていて、1ドルはバイタク側の言い値であった。さらに、王宮やパゴダを観光した日にはバイクをレンタルし、北へ向かうバスが発着するというアンホア(An Hoa)バスステーションまで実際に行って場所を調べておいた。

宿を出たのは8:30すぎ。前日からラオバオに行くことは宿の主人に伝えておいたので、バス停まで送ってやると言う2人の男が外で待っていてくれた。うれしいが料金も言わず・聞かずに乗るのはルール違反である。いくらか聞くと2人それぞれ2台のバイタクに乗って1人50,000ドン(2.5ドル)だという。まったくもってぼったくりではないが、決して安くもない。申し訳ないが丁重にお断りして宿を出て、流しのバイタクを捕まえることにした。新市街と旧市街を結ぶ橋の所まで行くと、いつものようにシクロやバイタクが屯していた。アンホアバスステーションまで行きたいと伝えると、5ドルから始まった。申し訳ないが1人で30,000ドンでよろしく頼みたい、それに1台のバイクに運転手を入れて合計3人乗ればいいと言ったが、「わかってないなぁ」という顔をされて断られる。ドライバーは道行くバイクを指さして「誰も2人乗りをしていない。ポリスがチェックしてマニーを巻き上げてるのさ」みたいな事を言う。なるほどそうだったのか。どうりで警察がやたらと検問しては人を停めて文句を付けている光景を見かける。だがしかし1人30,000ドンで引き続きよろしくお願いしたいと伝えると、向こうも比較的すぐに折れてくれて仲間のバイタクを呼んでくれた。2人で2台のバイクに乗せてもらい、バスステーションへと急ぐ。が、俺の乗った方のバイタク(よばれた仲間)は王宮の入り口まで30,000ドンだと聞かされていたらしく、友人に軽くダマされた模様。一方、俺が最初に交渉したバイタクは恵を乗せてすいすいとバスステーションへ逃げるように向かっていく。俺を乗せたバイタクはそれを半ば怒りながら半ば笑いながら追いかけていく。ちょっとしたバイタクチェイスになったがそのおかげですぐにバス停には着いた。10万ドン出すと3万ドンのおつりを出してきて、「細かいのがないんだ」と言う。まぁあるに決まっているが1万ドンはダマされた彼のためにもらわないことにした。彼スマン。

2. アンホアバスステーションからローカルバスで「ドンハ(Dong Ha)バスステーション」へ

バス停に入るといろんな人から声をかけられる。ドンハに行きたいというと数人が焦ったようにこのバスに乗れ乗れとせき立てる。チケットオフィスでチケットを買いたいと伝えたが、オフィスなどなくバスの中で払うのだという。料金を聞いたら陽気なおばちゃんが50,000ドンだと答えてくれた。ガイドブックのロンリープラネットでは40,000ドンとかいてあったのでこの金額でOKする。バスと言っても大型のワゴン車というか、運転席の最前列を含めて3人がけ×4列のミニバスだった。公共交通機関かと思いきや、ドライバーが旦那で料金交渉をしたおばちゃんはその奥さんらしく、添乗員兼集金係を務めていた。さながら家族経営のローカルバスである。うちらは最前列、運転席の隣の2席に乗せられる。

バスは20人弱が乗り込んですぐに出発した。9:30ごろだったか。まだ午前の、白くて柔らかい光が風と一緒に車内に入ってきておもわずうとうとする。途中、路肩で手を上げる人々を次々に乗せていき東京の満員電車もめじゃないくらいの混み具合になる。うちらは最前列の2席を2人で占領し、すこし申し訳ない気分になる。そこに小さな赤ん坊をだっこした老夫婦が乗り込んでくる。老夫婦には座席はあてがわれず、前から2列目の席の向かいにある盛り上がったところに押し込められる。いくらなんでもこれはないだろう。同じ金を払っている(はず)だし、赤ん坊をだっこした老夫婦に席がないとは何事であるか。恐れ多くもこのじいさんは先の戦争も経験した建国の父であらせられるぞ。べらぼうに狭いトンネルを延々と匍匐前進した兵士だったかもしれないし、農夫の格好をして実は狙撃兵だったみたいな元ベトコンかもしれない。いずれにせよ、ご老体には席があってしかるべきである。添乗員のおばちゃんに声をかけて老夫婦と席を交代するように頼んだ。老夫婦は大丈夫大丈夫というジェスチャーをしたが、停車したタイミングで添乗員さんがばあさんの手を引っ張って交代するように促した。うちらは先に降りて外で待っていると、ばあさんがまず降りて「カムオン」と言ってくれた。その次にじいさんが降りながら、俺の肩をポンっと叩きながら何も言わずに「ニカッ」と笑った。前歯が1本抜けていて、元ベトコン(と勝手に決めつけている)のわりに意外にコミカルな顔だった。席を替わったものの、その席がなかなか狭くてびっくりした(笑)。逆に言えば、席を替わった甲斐があったとポジティブに解釈してドンハ到着まで耐えた。ドンハには10:10についた。

3. ドンハのバスステーションからローカルバスで「ラオバオ(Lao Bao)バスステーション」へ

ドンハのバス停は1号線と9号線が交差するところからほど近いところにある。バスを降りると外にいた人からすぐ声をかけられる。なんと目の前にラオバオ行きのバスが停まっている。これはまたラッキーである。料金を聞くと添乗員のおばちゃんは1人200,000ドンと言うではないか!。思わず笑って断った。いくらがいいのかと聞いてきたが、この手のがっついた相手とは交渉もあまりしたくないし、後々トラブルになる可能性も多くてとにかく乗らないと言い続けた。飯を食ってから行くから放っておいてくれと言い放つも、バスごと追いかけてくる。添乗員のおばちゃんがまだ停車しきっていないバスから飛び降りてきて「150,000ドンでどうだ!」と言う。笑いながら無視。「10,000ドンは?えええい!一人50,000ドンだ」とディスカウントを要求していないのに一気に4分の1まで値下げした。で、思わず乗ることになった。この時点で10:20ごろ。しかしこのバス、乗客が集まらずなかなか出発しない。最初はうちらを入れて客3人だった。バスターミナルやその周辺を1時間も近くをうろつきながら「ドンハードンハー」と周囲に声をかけていた。客がいなくて4倍をふっかけてきたのだろうか。それとも乗るタイミングによって値段が変わるのだろうか。よくわからないが出発したのは11:30だった。多くの国に共通したことだが、ローカルバスには発車時刻などない。満員(それも超満員)になったときが発車時刻になる。

4. ラオバオのバスステーションからボーダーまで徒歩またはバイタクで

ラオバオには13:00に到着。バスをおりた地点からボーダーまでバイタクに乗るとローカルプライスで5,000ドン。外国人なら10,000ドンが目安という情報がロンプラにあった。まずは近くの食堂でCom飯(重ね言葉)2万ドンを食べてから出発することにする。バイタクに値段を聞くといくらだったかとても高いことを言う。運転手含めて3人で1台のバイクに乗るから20,000でいいだろと言って有無を言わさず後ろに座る。バイタクもまんざらでもない感じに発進してくれた。が、ボーダーは意外にかなり近かった(笑)。バスを降りたところがバス停ではなかったので、バスがボーダー近くまで行って下ろしてくれたのかもしれない。詳細は不明。

5. ラオバオの国境を越えてベトナム側に再入国

13:30。ボーダーは問題なく超えられる。ベトナム出国はパスポートを出すだけ。ラオス側入国にはアライバルカードを書く必要がある。パスポートコントロールでもらえるので記入する。ラオス側イミグレのオフィサーは優しくて陽気。入国検査なのに建物の中から出てきて「アリガト!コニチワ!」と言って挨拶してくれる。ラオス、好きだわぁ。女性の制服も軍服っぽいデザインなのに下は巻きスカートになっていてラオ風味。ラオスに入国してすぐに出発するのが申し訳ないので免税店によってラオスのお茶を買った。1本8000ドンくらい。休憩してから道路の反対側に渡り、さっきと同じ建物の反対側の窓口でラオスの出国検査をする。ボーダーの道をベトナム側から巻きスカートをはいて子どもを抱えた女性が歩いてくる。「サバイディーサバイディー」と言ってラオス語で挨拶をしてくれて、ひょいっと桶を差し出してきた。子どもの抱え方からして物乞いだと言うことはすぐにわかったが、それにしても陽気なお母さんでこっちも楽しくなる。ポッケにあった2,000ドンを渡す。ラオス側の出国検査のオフィサーはまたしても陽気。なんとウィンクまでしてくれる。ここでデパーチャーカードを提出する。ベトナム側も普通に入れる。

ベトナム側には公衆トイレがあるのでそこへよって用を足す。出るとさっきの子連れお母さんがまた歩いてきて「サバイディー」と言って桶を出してきた。「あれ?お母さんさっきあげたじゃん」と笑いながら日本語で返すと「テヘヘ」と言ってベトナム側へ歩いて進んでいった。あのお母さんはベトナム側もラオス側も通行は自由自在なんだろうか。

5. ラオバオ→ドンハ→フエへと来た道をローカルバスで戻る

今度はバイタクを使わずにラオバオのバス停に行こうかと歩き出すと、なんと目の前を「Dong Ha」というプレートを掲げたバスが通った!すぐに手を上げてバスを停めた。今日はツイてる。集金係のお母さんは、砂漠の民ペドウィンのような、目だけが見えるようなかぶり物をしていたがその目がキラキラ輝いていていかにもいい人そうだった。値段を聞くと、「ソンローイ」と言ってきた。あー、なんかおかしい、でも聞いたことのある言葉だけどこれってタイ語か?それともタイ語に近いラオス語でも数字はこんな感じだったか?200って言ってるのか?200「バーツ」のことか?3掛けて日本円にして600円だとベトナムドンで・・・・いやいやバーツは今2.8円で・・・・複数の通貨と複数の言語が頭の中をぐるぐると巡って、仕方が無いので「タイ語は話せません」というフレーズをタイ語で伝えたが、それが逆効果で引き続きタイ語(ラオ語?)攻撃を食らってしまった。

最終的におかあさんは100,000ドン札を出してうちら二人を指さした。1人で10万ドンなのか、2人で10万ドンなのか分かりかねたので、俺の財布から5万ドン札を出してそれを俺の胸に押し当てた。ナンムイげン?(5万ですか?)と聞くとイエスイエスと答えたので乗ることにした。時計を見ると14:50だった。

ところが、である。しばらくバスに乗ってからお金を払おうとすると、財布の中の20万ドンを指さしてそれをくれという。渡しておつりをまっているがおつりをくれない。1人5万ドンで2人で10万ドンだろと聞いたら、1人10万ドンだと言う。なんと!そんなはずはない、5万ドン札を見せて確認したではないか。20万ドン札を返すようにいうと意外なことにすんなり返してくれた。そして2人分の10万ドンだけを渡しても足りない足りないと言う。いやいやいやいや、勘弁して欲しい。だが面白いのはこのお母さん、全然攻撃的にならないしお札は返してくれるし目が優しい(笑)。目だけを出しているからなのかキラキラ輝いていて悪人とはとうてい思えない。しばらくのあいだ押し問答をして、絶対に払わないという意志を伝えると、ドライバー(集金係の旦那さん)が5万でいいよと言って受け取ってくれた。おぉ!ありがたい!そう思ってドライバーの旦那さんに礼を言ってると、今度はおとなしかった奥さんの方が旦那さんに延々と文句を言い始める。これはまいった。10万ドン、つまり5ドルで400円のために夫婦げんかはしてもらいたくない。もう一度振り出しに戻って交渉を始めたがやはりらちがあかない。結構な時間を費やしたものの、お母さんの目を見つめていると仕方がないなと諦める気持ちが出てきて20万ドン払うことにした。

ドンハのバス停が近づいたが、脇道にそれて民家の前に付いた。「Stop here?」と聞いたらお母さんは「イエスイエス」というのでバス停まで歩こうとしたら、今度はお父さんが「ウェイウェイウェイ!(Wait wait wait!)」と言う。すぐそこではあるが、バス停まで乗せてってくれるというのだ。あぁ、このお母さんはとりあえずイエスイエスと答える癖があるのかもしれない。5万ドンかと聞いたときもイエスイエスだった。しかし最後までキラキラの目で優しくしてくれた。そしてなにより夫婦げんかにならなくてよかった。夫婦げんかはドッグも食わぬと言うではないか。しかしまぁ、不安なときには紙に書いて聞くべきだった。国境を越えて再入国し、ベトナム滞在にあと15日の猶予が与えられてちょっと気を抜いていた。反省。

後になって気がついたが、お母さんが最初に言った「ソンローイ」はタイ語(ラオス語も同じか?)で200だが、200バーツではなく、「ツーハンドレッド・(サウザンド)・ドン」。つまり20万ドンだったのではないかと思い出した。ベトナムではゼロが多すぎるので後半のゼロ3つ、サウザンド部分は省略して言うのが一般的なのだ。しかしベトナム語以外の言語でそれを言われたときはゼロ3つが省略されているところまで頭が回らなかった。2人でツーハンドレッド・サウザンド・ドン(20万ドン)ならまさにお母さんの言うとおりである。1人で200バーツなら約560円で7ドル、つまり1人140,000ドンになりこれではいずれにせよ計算が合わない。申し訳ないことをした。面倒な外国人を乗せてしまったことになる。おかあさん本当にごめんなさい。そして怒らずに根気よく説明してくれてありがとう。でも、10万ドンはやっぱり高いよ(笑)。

16:30にドンハについた。ドンハからフエまでのバスもすぐ見つかり、値段を聞くと40,000ドンだと言う。行きより1万ドン安い。念のため紙に書いて確認。問題なく16:45に出発。バスはフエのターミナルを過ぎて城郭入り口の近く、旧市街と新市街を結ぶ橋の近くまで行ってくれた。運転手がホテルはどこかと聞いてくれるという親切ぶりであった。そこからは歩いて帰宅した。

フエの新市街へ向かう橋を渡りながら、自分が結構疲れていることに気がついた。往復300キロ強を1日で回るだけなので体力的にはたいしたことないはずが、帰りの料金交渉(?)の件で精神的にかなり疲れてしまった。最初はだまされた、ぼったくられたという感情がわき、次にはお互いの誤解だったのかという思いになり、最後にはきちんと紙に書けば良かった、面倒な外人を乗せてしまったお母さんには申し訳ないことをしたという気持ちが強くなってきた。橋の上から遠くを眺めると、出発したときに青白い光を放っていた太陽はもう西に沈みかけていて、東の空は少しずつ落ち着いた紺色に変わるところだった。宿に着いたときもうどっぷりと日が暮れて、あのお母さんの目のようなきらきらと揺らめく星が空に出始める頃だった。

りょう の紹介

東京都品川区で生まれ育つ。サービス業、ホステスクラブ、海外ボランティア駐在員、レストランバー、コンピュータ会社などを経て独立開業。2011年から休業し、夫婦で1年ちょっとの世界一周へ。現在は帰国してイクメン父上に勤しむ。好きな食べ物はナス。言語や歴史に興味あり。コンプレックスは字が汚いこと。好きな言葉は「とりあえずビール」でポッドキャストでは世界のビールを飲み歩く「Beer the World(ビーアー・ザ・ワールド)」を担当。
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ベトナムフエでノービザ期限2週間を更新する方法(2011年8月) への3件のフィードバック

  1. I like 333 のコメント:

    こんにちは‼
    りょうさんの記事とても参考になりました‼
    無事にVISAラン完了できましたー。

    Podcastもいつも楽しく聴かせてもらってます。
    これからも楽しみにしています‼

  2. りょう のコメント:

    ありがとうございます!
    遅ればせながらお礼を。

    やっぱりこうやって細かく書いておくと人の役に立てるんですね。

  3. harmonia のコメント:

    情報としてだけでなく、りょうさんの人となりが伝わってくる素敵な記事ありがとうございます。

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